1956年、腹膜灌流による国内初の救命報告は、貝毒急性腎不全による56歳男性患者であった。
單腎部分切除と腹膜灌流
長崎大学泌尿器科 城代浹一郎 日泌尿会誌 48巻 10号 1957 p807-819
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpnjurol1928/48/10/48_10_807/_pdf/-char/ja
1946年に人工腎臓による世界初の救命に成功したKolffがSLE腎症の77歳女性にたいする高齢者透析の初報告を行ったのは1957年であった。
Use of artificial kidney in the very young, the
very old, and the very sick
W A KELEMEN, W J KOLFF J Am Med Assoc. 1959 Oct
3:171:530-4.
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/326812
我が国の腹膜透析の歴史は高齢者から始まったとも言える。
1961年、人工腎臓の実用化に成功したスクリブナーの所属する米国シアトル市スウェーディッシュ・ホスピタルにて「人工腎臓センター管理政策委員会」
が招集された。限られた透析医療資源において「全員が生きられないときに誰が生きるべきか」を選別するためである。1962年11月のライフ誌の特集記事において、本来、生命の選別は神のみに許されると思われることから【神の委員会】と呼ばれた。透析黎明期にあっては、45歳以下で社会復帰が望める患者のみが審査対象であり、高齢者は透析治療の対象外であった。
Alexander S. They decide who lives, who dies: medical miracle puts a moral burden on a small committee. Life. November 9, 1962;53(19):102-4, 106, 108, 110, 115, 117-8, 123-24.
1975年に開催された第9回人工透析研究会の主題は、普及からわずか10年足らずであったが、驚くことに、すでに【高令者の透析】であった。透析医療の進歩普及によって高齢者への適応拡大が試みられるなか、社会復帰や生きがい、透析医療費など、現代も続いている課題について議論されている。
国立王子病院小出桂三らは「高令者の人工透析」の演題で透析方法について述べているが、50歳以上では腹膜透析および腹膜透析と血液透析の併用療法が多数を占めていると発表している。当時は血液透析機器が不足しており、高齢者に関わらず、腹膜透析との併用が一般的だったようである。また、50歳以上が高齢者と分類されており、時代の変化を痛感させられる。
高令者の透析現況 人工透析研究会会誌9 巻 (1976) 1 号 P12
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jsdt1968/9/1/_contents/-char/ja
1992年ころになると、透析人口高齢化に伴う社会的入院と病床不足が問題化した。徳島県川島病院では、その対策として在宅や施設で施行可能な腹膜透析も取り組まれたが、結果的に入院率が高く(平均15-20%)有効な手段ではなかったという。現代のような、地域の医療介護資源が整備されていなかった当時としては立派な数字だったと思う。
透析患者の入院を考える 日本透析医会雑誌 平成4年11月30日 Vol.8 No.2(17号)p185
https://www.touseki-ikai.or.jp/htm/05_publish/dld_doc_public/8-2.pdf
いま振り返ると、腹膜透析が、社会的入院解決の受け皿になるためには、2000年代の地域包括ケアシステムの整備や訪問看護の普及、医療依存度の高い患者や看取りまで対応する老人施設の登場、さらにIoT技術の進歩普及を待つ必要があったのである。
かしま病院中野広文らは、終末期透析患者では、治療によるADLや病態の改善を積極的に期待することができないため、これらの患者のQOLを向上させるためには、尿毒症治療そのものよりも看護・介護の比重が大きくなると指摘。終末期患者には質の高い看護・介護を導入しやすい治療法である腹膜透析の有用性を提案し、これをPDラストと呼んだ。
在宅医療におけるPDラストの有用性と課題 中野広文 透析会誌35(8):1205-1210,2002
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdt1994/35/8/35_8_1205/_pdf/-char/ja
2002年には高齢者腹膜透析研究会(ゼニーレPD研究会)が発足し、様々な先駆的な取り組みが行われた。済生会八幡病院中本雅彦らはPDラスト北九州方式として通院困難となった血液透析患者を腹膜透析に療法変更し在宅療養とし、透析クリニックからの訪問診療を行った。埼玉医大中元秀友らは、クラウドに腹膜透析患者管理システムを構築し、インターネットを介して患者情報を共有化する連携モデルを提案、現代の遠隔患者管理(Remote Patient Monitoring)の先駆けになる構想であった。
テキストブック高齢者の腹膜透析 東京医学社 2008年 (絶版)
https://www.tokyo-igakusha.co.jp/b/show/b/118.html
2003年、岡山済生会総合病院平松信らは、高齢者において、腹膜透析は、合併症率を増やさず安定して維持可能であり、血液透析に比べ、残存腎機能保持に優れ、認知症スケール、身体的自己維持スケール、および日常生活の手段的活動スケールいずれにおいても高いスコアであることを示した。このことは、免疫力の低下している高齢者は感染リスクが高く、腹膜透析は不向きである、という従来の考え方を覆すものであった。
Improving outcome in
geriatric peritoneal dialysis patients
M. Hiramatsu Perit
Dial Int. 2003 Dec:23 Suppl 2:S84-9.
https://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1177/089686080302302s18
このようななか、高齢化社会におけるニーズの変化にたいし、自由度とQOLに優れ、循環動態に与える影響も少なく、穏やかな在宅療養生活を可能にする腹膜透析への取り組みが広がっており、海外でも同様の試みがなされてきている。
2015年、スペインより、手技自立困難となった終末期腹膜透析患者を血液透析に変更することはやめ、腹膜透析を、Palliative peritoneal dialysis(緩和的腹膜透析)というコンセプトで【呼吸困難や尿毒症などの症状緩和を可能とし最期までケアされていることが実感できる治療法】として継続することを提唱している。
Palliative peritoneal
dialysis: Implementation of a home care programme for terminal patients treated
with peritoneal dialysis (PD)
Maite Rivera Gorrin Nefrologia.
2015;35(2):146-9.
https://www.revistanefrologia.com/en-pdf-S2013251415000061
フランスは日本と似た医療介護の2本柱の制度を有しているが、その実態は大きく異なる。主に慢性期・終末期ケアを提供する日本の在宅医療に対し、フランスの在宅入院制度Hospitalisation à domicile (HAD)は急性期在宅医療であり、そのコンセプトは入院回避と早期退院であり在宅透析もその対象である。訪問看護を主体とする多職種協働の集中的ケアマネジメントにより入院医療に近いサポートを提供し医療依存度の高い患者を在宅で支えている。これらのシステムを活用することで、フランスでは56%がアシステッドPDであり、血液透析からの腹膜透析への移行も8.6%であるという。
Impact of Assisted
Peritoneal Dialysis Modality on Outcomes: A Cohort Study of the French Language
Peritoneal Dialysis Registry
Solène Guilloteau Am J
Nephrol. 2018;48(6):425-433.
高齢者腹膜透析普及のボトルネックとして,腹膜透析医療についての情報不足や提供施設が少ないことが挙げられる。腹膜透析プログラムの開始に必要な医療リソースは血液透析にくらべ圧倒的に少なく、維持管理もIoTを駆使した在宅支援診療所や訪問看護との連携によって以前に比べ容易になった。
2018年、遠隔治療モニタリングが利用可能となり、多患者一括管理や治療密度改善が可能となった。クラウド型電子カルテやSNS連携ツールとの相乗効果によって、在宅や施設であってもあたかも病院と同様なバーチャルホスピタル環境の提供が可能となった。IoT技術と先進テクノロジーの相乗効果によるイノベーションが急速に進行し、患者を中心とした異なるケアシーンや医療従事者をIoTによってつなぐ、コネクテッドケアの概念は腹膜透析医療との親和性が高く、腹膜透析地域連携ネットワーク構築によってより精度の高い管理を可能にした。
地域医療介護リソースの充実は、近年の極めて大きな社会環境変化であった。2000年より始まった介護医療保険制度と在宅支援診療所や訪問看護ステーションなどとの地域包括ケアシステムの拡充によって、地域の受け皿はソフト・ハードともに十分に整備され、腹膜透析医療が病院単独の医療であった過去から脱却し,地域医療への広がりを可能にした。
高齢腎不全患者に対する我が国の腹膜透析の歴史・経験についてまとめた。高齢化社会のなか私達の進む方向性を示唆してくれているといえよう。
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