2026/10/1 M3 連載:二刀流緩和ケア医が考えたこと 永寿総合病院緩和ケア医 廣橋猛先生の良記事 「透析だけは絶対にしない」と言われたらどうする? membersmedia.m3.com/articles/17775
80代男性の透析拒否事例をあげ、実臨床に近い視点からの素晴らしい論考です。透析医療の本質は症状緩和にあります。
血液透析も腹膜透析も腎臓の代替療法とはいっても腎臓的な要素は殆どありません。
基本的に透析療法は半透膜療法でしかないのです。
透析医療は、患者が尿毒症や呼吸不全に陥り、苦痛のあまり尊厳を失なわぬようサポートすることこそにその本質があるのです。
とくに、余命が限られている高齢者においては、とくに強調されるべき点です。
残された時間に、やっておきたいこと、例えば、行っておきたいところへの旅行、食べておきたいもの、離別していた友人・家族との再開や和解など、限られた時間にやっておきべきことがたくさんあるはずなのです。
学会などで最近よく見かける、腎不全終末期緩和ケアにおける机上の空論に違和感を覚えている多くの医療者が共感できる内容です、ぜひ一読ください。
以下、抜粋
拒否したのは、通院、穿刺、透析後の倦怠感、そして妻への負担…すなわち説明された唯一の選択肢である「血液透析」だったのかもしれません。
腹膜透析(PD)も、保存的腎臓療法(CKM)も知らないままの拒否でした。選択肢がひとつなら、選んだことになりません。
自施設で提供できない治療でも、患者に知らせなくてよいことにはなりません。
CKMを選ぶ場合も、急変時の方針や療養場所の準備が要ります。
説明の不足は、患者から準備の時間を奪うのです。 選べない患者は、救急搬送を繰り返してしまう。
まず考えるべきは、「この苦痛は、腎代替療法(KRT)で改善できないか。
治療を選ぶとは、どこで、誰と、どう過ごすかを選ぶことなのです。
廣橋 猛 先生のHP hirohashi-takeshi.com
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